『ジャッカルの日』 フレッド・ジンネマン監督   ☆☆☆☆☆

日本版DVDで観賞。面白かった。徹底してドライでクールな映画である。

というのはもちろん、この映画独特のドキュメンタリー・タッチがまず大きい。冒頭いきなり入るナレーションと、被写体に淡々と距離を置いた(要するにジャーナリスティックな)映像、スター不在の画面。観客を突き放したようなぶっきらぼうな演出。題材の社会性とあいまって非常に硬派な印象を与える。題材はもちろん、ドゴール大統領の暗殺計画である。

画面が変わるごとに登場人物が変わる。大部分の登場人物は観客に名前すら知らされない。やがてジャッカルが出てきて黙々と暗殺の準備を始めるが、これも説明がないので、観客は彼が今何をやっているのか、何を考えているのかまったく分からない。計画の内容は一切不明。こんなんで面白くなるのかなあ、と思いながら見ていると、映画はゆっくりとしかし着実に緊張の度を増していき、おうおう面白くなってきたな、と思える中盤にもその右肩上がりは容赦なく進み、終盤になる頃にはもはや目は画面に釘付け、手に汗握るジェットコースター状態に至る。すごい。しかも映画のタッチは終始クールでぶっきらぼう、冒頭からラストシーンまでその美学は一瞬たりとも揺らがない。

さまざまな関係者が出たり入ったりし、それらの人々の周辺事情を仄めかす描写はあるものの決して深入りしない(例:女スパイの部屋に飾られていた婚約者の写真)。徹底してプロとプロの戦いの凄みで魅せる。映画は観客に感情移入の対象を提供せず、主役級のキャラが泣いたり笑ったり悩んだりという「ドラマを盛り上げる」ための常套手段は徹底して排除されている。このストイックな姿勢には惚れ惚れしてしまう。「なんだか平坦だなあ、もうちょっと登場人物が悩んだり泣いたりしてくれないと面白くないぞ」と思ったあなた、あなたはハリウッド映画に毒されている。

しかしそんな中にももちろん主要人物はいて、第一はもちろん暗殺者ジャッカル。しかしジャッカルはスパイ映画に出てくるどんな暗殺者にも似ていない。サングラスをかけてないし、髭も生やしていない。外見はどうみてもウォール街のビジネスマンである。白人、きれいにカットした金髪、そしてスーツ。これが本編の主人公である名無しの暗殺者、コード名ジャッカルだ。彼は片手を振るだけで警官を数人ぶっとばすような超人的体技は披露しない。というか多分持っていない。彼の武器は緻密なプランニングと準備である。前半、映画はただ彼の準備作業を淡々と見せる。何をやっているのかあんまり良く分からない。映画は意味を説明しようとはせず、むしろ隠そうとしているようである。そして後半、実行フェーズに入り、色んなハプニングが起きる。捜査陣との駆け引きが始まる。ところがジャッカルは捜査陣の網を次々とすり抜けていく。これすべて、準備作業の成果なのである。なんと、あれもこれも全部織り込み済みだったのだ。前半の行動の意味がようやく分かって観客は息を呑む。これがプロの仕事だ。プロの仕事は美しく、しかも最高にスリリングだ。

対する捜査陣のプロ、それがルベル警視である。フランス政府内で極秘会議が行われる。「一番優秀な捜査官は誰だ?」「ルベルです」「では担当は彼だ。すぐに連絡したまえ」ルベルはただちに英国をはじめとする各国警察に手配をかけて職業暗殺者を洗い出し(ルベルの助手は真夜中に自宅で寝ている責任者を叩き起こす)、たちまちジャッカルと思われる人物の素性を探り当て、偽名の一つを入手する。ただちに手配がかけられる。彼の捜査は徹底していて、しかも広範だ。ジャッカル逮捕は時間の問題と思われる。

しかし、ジャッカルは捕まらない。

ルベルの辣腕を示すエピソードはいくつかあるが、特に印象的なのは盗聴の件。捜査情報が政府内から漏れている可能性をルベルが仄めかすと、大臣はあり得ないと一蹴する。しばらくしてルベルが閣僚たちに録音テープを聴かせる。女の声が、電話で極秘情報を誰かに伝えている。閣僚の一人が立ち上がり、自分のガールフレンドの声だと告白し、会議室を出て行く。大臣はルベルに言う。「君に謝らねばならないようだ。それにしてもどうやって彼の情婦がスパイだと分かった?」ルベルは答える。「分かりませんでした。だから皆さん全員の電話を盗聴しました」

しかしそんなルベルが取り乱す瞬間もある。ジャッカルがついにパリに到着した、しかしデンマーク人の教師に化けていることも、そのパスポート氏名も分かっている。彼は逮捕を確信する。ところがパリのホテルにチェックインした全員の氏名を洗っても、そこに該当者名はない。「何だと!」ルベルは自分でリストを確認し、震える声で電話に答える。「……どうにも理解できないことだが、リストに名前がない」

こうしてジャッカル対ルベルの対決は最終ラウンド、すなわちドゴール大統領が公衆の面前に姿を現すパリ解放記念式典まで持ち越される。

ルベル警視を演じているミッシェル・ロンスダールは『薔薇の名前』で僧院長をやった人で、ねっとりした柔らかい声音が独特の印象を残す俳優さんである。大臣が呼びに来てもぐーすか寝ている場面などはユーモアもあって、いい味を出している。対するジャッカルのエドワード・フォックスも適役で、ウォール街のビジネスマンみたいな暗殺者、人を殺すことを何とも思わない冷血漢をうまく演じている。

ところで本作の面白さはガンファイト満載のアクション映画とはまったく別種のものだが、ジャッカルがドゴール暗殺用に作らせる特注の銃は素晴らしい工芸品のような出来栄えで、ガンマニアでなくとも忘れられなくなるだろう。きわめて軽量、華奢、無駄がなく、機能性をとことんまで突き詰めたようなフォルム。もしアップルが狙撃銃を作ったらあんな形になるんじゃないか。そして警官の目をごまかして運搬する偽装手段まで織り込んで設計されている。まったく見事だ。

それからもう一つ、この映画はラストでちょっとしたひねりがある。前半で判明したかに思えたジャッカルの本名が別人のものであったことが分かり、結局ジャッカルが何者か、何人であったかすら分からないまま終わるのである。暗殺者の正体は永遠のミステリーとなった。このナレーションをバックに、去っていくルベル警視の後姿で映画は幕を閉じる。

まったく洒落た映画だ。憎たらしいぐらいクールである。

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