『オペラ座の夜』 クイーン   ☆☆☆☆☆

クイーン4枚目のアルバムにして代表作、『オペラ座の夜』。ロック・ファンでこれを知らない人はモグリだろう。問答無用の代表曲「ボヘミアン・ラプソディ」はこのアルバムに入っていて、それが本作の大トリを飾る目玉商品であることは間違いないが、ただそれだけでなく全体の流れやまとまりも良く、またこのアルバムならではの独特の雰囲気があって、やはりクイーンの最高傑作であると同時にロック史に残る名盤だと思う。

なんといっても、クイーンがその華麗なる様式美をここにきわめたという自信と威厳に満ちている。彼らはファースト・アルバムから独特の美意識をもって曲を作ってきたバンドで、いわゆるノリ一発のハードロック・バンドともブルース系バンドとも違う、よく言えば貴族趣味的な、悪く言えば少女マンガ的な耽美的傾向を多分に持っていた。それが『Queen II』『シアー・ハート・アタック』と枚数を重ねるにつれ徐々に進化し、表現の幅を広げ、完成度を増してきたわけだが、この『オペラ座の夜』においてこれまでのアルバムには残っていた泥臭さが一掃され、表現のテクニックもこれ以上ないほど彫琢され、ついにクイーン美学がその完成形に到達した感がある。そしてまた、ついに自らのスタイルを完成させたというアーティストとしての歓びと確信がアルバム全体にみなぎっている。その香気と、スパークして火花を散らすようなエネルギーこそがこのアルバム最大の魅力である。

その完成したクイーン美学の構成要素とは、ブライアン・メイのソリッドなギター、荘厳なコーラス、美しいメロディ、そしてフレディ・マーキュリーのパワフルかつ官能的な歌唱である。特にフレディの声を最大限に生かしたヴォーカライゼーションの緻密さは偏執狂的なレベルで、あの「ボヘミアン・ラプソディ」の「オペラ」パートはもちろんのこと、「予言者の歌」や「ラブ・オブ・マイ・ライフ」、「デス・オン・トゥー・レッグス」など、このアルバムのほぼすべての曲に特徴的な彩りを与えている。

それからまた、バラエティに富んだ楽曲も特徴だ。クイーンはもともとメンバー全員が曲を書けるという強みを持つバンドで、音楽性の幅広さはこのアルバムに限ったことではないけれども、幅が広がり過ぎてファンクやディスコ・チューンにまで手を出した後期に比べると、このアルバムではまだ「クイーン美学」の統一感は崩さず、しかもその中で最大限にバラエティに富んでいるというよいバランスを保っている。

実際、そのためにアルバムの構成が実にダイナミックになっている。流れが良いのである。まず、流麗なピアノのアルペジオがフェード・インするとともに攻撃的なギターと華麗なコーラスというクイーン美学を体現する曲「デス・オン・トゥー・レッグス」が炸裂。フレディのソロ・ヴォーカルとコーラスの掛け合いや突き刺すようなブライアンのギターなど、まさにきらびやかなクイーンの魅力を堂々と見せつける曲だ。こうしてまずオーディエンスに一発かましておいて、次にボードヴィル調の短い「Lazing On A Sunday Afternoon」で一息つく。と思ったら間髪いれずにロジャーが歌うドラマティックな「I’m In Love With My Car」。これもロジャーのシャウトと重厚なコーラスが圧巻だ。

ここまでは曲のインターバルもほとんどなく、まるでメドレーのようにめまぐるしく聴かせておいて、ようやくインターバルが入り、そして始まる4曲目はまたガラッと変わってポップな「キラー・クイーン」タイプの曲「You’re My Best Friend」である。その後ブライアンが歌うカントリー・ロック調の「’39」を経て、ハードロック曲「Sweet Lady」で前半(昔でいうところのA面)が終わる。ここまで聴いただけでも、曲調の幅広さとそれらを効果的に配置する構成の巧みさが分かる。

そして後半に入り、フレディが陽気に歌う「Seaside Rendezvous」。これも「Lazing On A Sunday Afternoon」のようなボードヴィル調の曲。そしてうってかわって暗いムードの「予言者の歌」。これはクイーン最長の曲で、フレディによる中間部のヴォーカライゼーションが見事だ。この部分は「ボヘミアン・ラプソディ」のオペラ・パートの予告のようでもある。そして曲はそのままハープとアコースティック・ギターとピアノで「ラブ・オブ・マイ・ライフ」へとつながっていく。これは過去の「谷間のゆり」「ネヴァーモア」のようなお耽美系バラードの集大成とでもいうべき曲で、ピアノとコーラスをバックに、フレディがファルセットを織り交ぜながらロマンティックな歌詞を自己陶酔的に歌い上げる。

次の「Good Company」はマンドリンをかき鳴らしながら再びブライアンが歌う、カントリーっぽい、いってみれば可愛らしい曲で、緊張感漂うフレディ楽曲の後にオーディエンスをリラックスさせる、幕間の役割を果たしている。そしてついに、満を持して登場する「ボヘミアン・ラプソディ」。これが先に述べたクイーン美学の構成要素、つまり美しいメロディ、荘厳なコーラス、フレディの官能的な歌唱、ブライアンのソリッドなギター、これらすべてをマックスの状態で振り絞り、総合したクイーン渾身の一撃であることは明らかだ。まさにマグナス・オパス、クイーン美学の結晶である。曲はア・カペラで始まり、フレディが劇的なバラードを歌い上げた後、多重録音コーラスで作り上げた荘厳なオペラを聴かせ、メイのギターが炸裂するハードロック・パートへと展開し、再びしっとりしたバラードに戻って終わる。

これは今でこそクイーンの名刺代わりの一曲として認識されているが、最初にこのアルバムでクイーン・ファンの前に登場した時の衝撃は想像にあまりある。私も最初にこの曲を聴いた時は茫然となったことを覚えていて、あまりにも美しいメロディとフレディの歌唱もさることながら、「母さん、ぼくは人を殺してしまったよ」という歌詞も衝撃的だった。ちょっとこんな歌詞の曲は他にないのではないか。それから、あの印象的なピアノのイントロ。あのたった四小節のピアノのフレーズだけで、一気にこの曲の耽美的な世界へと引きずりこまれてしまう。もしもイントロ大賞というものがあるならば「ボヘミアン・ラプソディ」のあのピアノのフレーズは上位入賞間違いなしだと思う。

そしてアルバムは、ブライアンの多重録音ギターによるインストゥルメンタル曲「God Save The Queen」で、うやうやしく幕を閉じる。アルバムの構成、展開が見事だという意味が分かっていただけただろうか。私はもともとクイーンのリアルタイムのファンではなく、最初はベストアルバムから入ったクチなので、なんだか埋め草のような短い曲がいくつも入ったこのアルバムを以前はさほど評価していなかった。ところがアルバムの流れに沿ってきちんと耳を傾けてみると、そういう短い曲にも侮れない魅力があり、またアルバム全体のパズルのピースとしてきちんと機能していることが分かってきた。色んなベストアルバムに収録されている「ボヘミアン・ラプソディ」も、このアルバムのトリとして聴く時がもっとも感動的だ。

クイーンはその活動のすべての期間においてヒット曲を残し、また曲調もバラエティに富んでいるので、ついベストアルバムに手を伸ばしてしまいがちなアーティストだと思うが、まだベストアルバムしか聴いたことがないという人はぜひ、この『オペラ座の夜』を聴いてみて欲しい。クイーンがただのヒットメイカーではなかったことが分かるだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。